電王戦第1局 菅井五段と習甦の観戦記

2014年3月15日、電王戦第3局 ▲菅井竜也5段-△習甦の一戦が有明コロシアムで行われました。結果は前評判を裏切り習甦の勝利となりました。その試合についてコンピュータ開発者の視点から、観戦記を書いてみます。

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図1 25手目 菅井五段が3八銀と美濃囲いを作った所

 

図1は現在プロ同士の戦いではまず見られなくなった形です。理由は後手の居飛車の進展性が無いとされているからです。ここから後手は仮に穴熊に組めたとしても、5筋を制圧されていることが大きくうまくいきません。一方先手は指したい手がいっぱいあります。この辺りがコンピュータ将棋が序盤が上手くないと言われる理由ですね。

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図2 34手目 習甦が3二金としまった所、ゴキゲン中飛車側の岐路

 

進んで図2は先手が主導権を握っている局面です。ここで問題がないなら▲6八飛と回りたいところです。一見△7三桂でなにも意味がないようにみえますが、後手はこの桂馬を跳ねてしまうと、ただでさえ少ない陣形の進展性が更になくなってしまいます。この局面▲6八飛と回れば、△7三桂以外にも△7五歩、△2四角などを読まなくてはいけないですが、結果から言えば▲6八飛と踏み込むべきだったように思えます。

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図3 逆に習甦に踏み込まれる

 

菅井五段が▲6八角と引いて、逆に習甦に仕掛けるチャンスを与えてしまったようです。Ponanzaの視点では図2のあたりでは先手が+180点前後だったのですが、この局面では-30点程度になっています。

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図4 習甦の4二飛車が絶妙手と言われているが

 

局面が進んで、ごちゃごちゃとした接近戦が繰り広げられているところです。ここで習甦の△4二飛が絶妙手との控室の検討でしたが、Ponanzaとしては▲2五銀(ひと目筋悪)としてむしろやや先手持ちとの見解でした。しかしこういうごちゃごちゃとした中盤はコンピュータにとって、もっとも得意とするところで、人間としてはできればこういう展開は避けたかったように思えます。

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図5 本譜は▲5三金だったが、ラストチャンスはなかったか?

 

進んで図5、今習甦が△4三銀と引いたところです。Ponanzaによるとこの手は悪手で替わりに△5一歩と打てば完勝とのことです。ここは良くも悪くも▲4一銀と絡みついて、以下△5二銀、▲3二銀成、△同玉、▲5五金と絡みついていけば、勝負という認識らしいです。本譜は▲5三金と引いて幾ばくもなく習甦の勝利となりました。

 

事前の貸出の結果はこの記事によると、ほぼ互角だそうです。

「練習は随分したの」と訊くと「はい、95勝97敗です」と即答されのけぞった。200局ちかく指したというのはすごい局数である。

 結果としては菅井五段の力が出せず、習甦の完勝となりました。こういったねじりあいはコンピュータの得意とするところですので、そういう展開にもっていけた習甦に運があったなという印象です。

 

追記

Ponanzaの評価値推移グラフ

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コンピュータ将棋のよくある誤解(その1)

このコーナーはコンピュータ将棋によくある誤解を解消していくコーナーです。常日頃コンピュータ将棋はもろもろの誤解を受けているのでその点を少しでも解消できれば、とこのコーナーを作りました。 

■ よくある誤解
コンピュータは定跡を覚えているから強い?

もっともよくある誤解の一つです。有名ブロガーちきりんさんも自身のブログの中でこんなふうに言ってます。

ちきりんは、これも将棋ソフトが強くなった大きな要因なのかなと思っていました。人間は定跡を覚えたり暗記したりするのが大変だけど、機械ならすぐに覚えられ、忘れず、実際の局面で「あっ、これはあの定跡だ!」と思いつくことの漏れもありません。

だから人間より有利そうじゃん? と思ったんです。

 コンピュータが定跡を丸暗記できても、将棋が強くならない理由は3つあります。

  1. コンピュータは過去にあった数万局の対局を覚えることができます。でもその程度の量はコンピュータにとって、何十年も昔からすべて覚えられる量です。もちろんその時代のコンピュータ将棋がとても弱いことは皆様もご存知のはず。
  2. 定跡を覚えていても、同じ局面になることがあまりないという点です。プロ棋士同士の対局では定跡を突き詰める意味で同じ局面を選んでいる場合も多々ありますが、将棋の序盤は非常に多様なのです。
  3. これがもっとも大事な理由です。丸暗記しても定跡の意味をわかってなければ全く役に立ちません。丸暗記でなんとかなるほど将棋は甘くないってことです。

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■ まとめ 

つまり、コンピュータに特別な知識がなくても、「コンピュータは定跡を覚えているから強い」と言う事は正しく無いとわかります。今コンピュータが挑戦しようとしている課題のほとんどは記憶容量の問題ではなく、もっと別の問題なのです。

■ 追記
twitterで以下のような質問を受けました。

コンピュータの四間飛車が強いのは、定跡がいっぱいあるからじゃなくて、前例から作られた評価関数がうまく出来ているからです。評価関数の数値は局面そのものを覚えているわけではなく、局面からエッセンスを取り出して構成されたものです。評価関数の仕組みについてはまたこんど解説します。